Update

【経営者の志】株式会社ホワイトシード 代表取締役 村上 篤さん

2020.01.22

経営者の志


株式会社ホワイトシード 代表取締役 村上むらかみ あつし さん

秋田県秋田市広面字土手下13-4
info@beautifulcars.biz
https://www.beautifulcars.biz/

雪国・秋田でハイエンドのカーディテイリング事業
株式会社ホワイトシード

自動車の洗車・研磨やコーティングを提供する「カーディテイリング」事業。車体を美しく保つには過酷な環境にある雪国・秋田を拠点にしながら、同事業のハイエンドサービスを展開する店舗がある。店名は「ビューティフルカーズ」。愛車の輝きを美しく保ちたいと望む県内外の「クルマ好き」の利用が後を絶たない。同事業を手掛ける「ホワイトシード」社長の村上篤さんは、秋田市出身。県内屈指の進学校を卒業後、カーレース業界に身を置くことを夢見て、自動車工業科のある新潟県内の短期大学に進学。首席で卒業し、新潟大学工学部に編入したが、建設省(現・国土交通省)への入省が決まったことなどから中退。2年で同省を離れたことを皮切りに、村上さんのバラエティーに富んだ職歴が始まる。カーディテイリングやカーディーラーの整備士など自動車業界にとどまらず、保険会社のコンサルタント営業、コールセンターにおける損害保険の応対、切削工具再研磨会社の後継者候補にいたるまで、多くの業種を渡り歩いた。所属した組織の規模も、東証一部上場や外資系大手、社員数300人程の中小企業から社員2人の零細企業までさまざまだ。転機が訪れたのは、世界的なカーレースに参戦するレース部門を擁する大手自動車メーカー子会社への転職がかなわなかったこと。そこから夢を再考し、2012年、秋田では珍しいハイエンドなカーディテイリングを事業内容とする会社を興した。「どのような仕事でも決して妥協しない」という村上さんの姿勢が認められ、地元の顧客に広く受け入れられた。事業の柱の一つに据えた「EC(Electronic Commerce=インターネット通信販売)」事業は、同社が持つ「洗車ノウハウ」をインターネット動画で公開することなどを通じ、クルマ好きの共感を集め、顧客は全国に広がった。

社名に込めた思い
良質な雇用創出と「圧倒的」顧客目線

レース業界をあきらめ、新たな夢を模索していたとき、就職に苦労する地元美術大学の学生を目の当たりにし、故郷の就職環境に強い違和感を覚えた村上さん。「若者の雇用を生むのは私たち大人、民間企業の責任のはず」。現在45歳の村上さん自身も就職氷河期世代だ。地元の大人達に不甲斐なさを感じ、「ならば」と「地元に良質な雇用を生むこと」を理念の一つに掲げて起業を決めた。これまでに多くの曲折を経た村上さんだが「起業に不安はなかった」。多くの業種を渡り歩き、多様な職種を経験したことが生きた。「『若者の才能=白い種』から、色とりどりの植物が芽吹く土壌のような会社に」との思いを社名「ホワイトシード」に込めた。

「若者の挑戦を後押しする会社を立ち上げると言っても、私が手本を見せられなければ説得力がない」と、自身の多様なキャリアとスキルを棚卸。ロールモデルとしてカーディテイリング事業を立ち上げた。無店舗で始めることもできるカーディテイリング事業だが、「大都市では当たり前のことを秋田でも実現できることを示したい」と、設立時の資本金900万円の大半を作業スペースなどの設備に投資した。
同事業には、村上さんが定めた「5つのこだわり」がある。「クルマを傷めないこと」「事実として美しいこと」「道理にかなっていること」「シンプルであること」「維持可能であること」。マーケティングの考え方で、ターゲットとなるユーザーを架空の人物像として設定する「ペルソナ」がある。カーディーラーで自動車整備士として働いた経験から「手を抜こうと思えば抜くこともできる自動車整備やカーディテイリングだが、当社のペルソナは、顧客としても人一倍こだわりの強い『自分』に定めている。『サービスはこうあってもらいたい』と自分で願うことが顧客目線のサービスにつながる。『圧倒的顧客目線』。これを失うことは絶対にない」。村上さんが譲らない一線だ。

洗車ノウハウの伝授は「歯医者が教える歯磨き」
積極的な情報発信・公開で「人を動かす」

「実店舗のリアルなサービス」「ウェブマーケティング」の同時並行的な展開を自社事業の特長として挙げる村上さん。インターネットを活用した情報発信は、洗車・研磨技術と並ぶ同社の強みだ。自社ウェブサイトを検索上位に表示されやすくするSEO(検索エンジン対策)を施したウェブサイトは、起業時には村上さん自身で制作。事業PRを目的にサイト内に設けたブログを使い、カーディテイリングへの「熱い思い」を訴えながら、洗車サービスのモニターを募集した。ブログ記事には多くの読者からがコメントが寄せられ、モニターの募集枠は直ちに埋まった。以来、予約が埋まる状況は現在まで続く。

同社は、近年、「Youtube(ユーチューブ)」を使った動画配信にも力を入れる。愛車の洗車作業の様子などを撮影した動画をシリーズで公開する。これまでのカーディテイリング業界では目新しい取り組みだ。村上さんの愛車は、フランス製のコンパクトカー。約6年間にわたって乗り続けるメタリックレッドの車体は、新車と見まがう輝きを放つが、愛車の駐車は、車体に過酷な環境の屋外駐車場だ。「私が実践する日ごろの手入れ方法を公開している。正しい洗車をしていれば、屋外駐車でも車体の美しさを保つことができる」と村上さん。「自社の持つノウハウや情報をオープンにすることで、全国から多くの視線を集めることも重要」。それにしても、長きにわたり培ったはずの洗車のノウハウをインターネットで公開することに心配はないのだろうか。「当社の洗車技術を公開することは、歯医者が患者に正しい歯磨きの仕方を教えていることと同じ。私たちプロは治療をしっかりすれば良い」。村上さんの持つスキルを使った実験を重ねることで偽りのない事実が生まれ、その事実に根拠と自信があるから公開できる。
惜しげもなく洗車ノウハウなどを公開する同社の動画チャンネルの登録者数は1月、ついに3万人を超えた。動画の視聴回数は、最近4週間で約100万回、再生時間総数は実に8万時間を超える。これまでに最も多く閲覧された動画は170万回に迫る。全国のクルマ好きからは「洗車ユーチューバー」として知られるようになった。ユーチューブの広告収入も動画の制作費を賄えるまでに増えた。このようにして築いた強い情報発信力は、同社オリジナル洗車用品の売れ行きに大きく貢献し、売上全体のEC事業の占める割合は、8割に及ぶまでに成長した。

「EO North Japan」との出会い
「気付き」を受け入れる素直さと勇気

年商1億円以上の起業家が名を連ねるアメリカ発の任意団体「EO(Entrepreneurs’ Organization)」。村上さんは2016年、東日本大震災をきっかけに立ち上げられた北海道・東北エリアの「EO North Japan(旧・EO東北)」(本部・宮城県仙台市)が起業家向けに展開する「EO東北アクセラレータープログラム(現・クオンタムリープ)」の一期生として参加した。

同団体のメンバーがトレーナーを務め、少人数制で行うフォーラムと呼ばれるプログラムのルールの一つに「アドバイスの禁止」がある。「起業家は課題解決能力は持ち合わせているので、解決手法を学ぶことに意味はない。参加者が持ち寄る個人・家庭・仕事のエピソードなどのシェアを通じて、経営者自らが『気付き』を得ることに主眼が置かれたプログラム」。徹底した守秘義務が課せられることから、参加者は胸襟を開いて情報を共有することができる。参加者の間には強い信頼関係も育まれる。「3年間、トレーナーの言葉を信じ、プログラムに沿った経営を心掛けた。信頼のおける経営者の自らの経験に基づく言葉を素直に受け入れ、それまでの誤った思考や行動を変えることができれば、個人としても会社としても必ず成長できる。未来は、現在の思考の延長線上にある。『気付き』を受け入れられる素直さと勇気が大切」。
プログラム参加時に3,000万円ほどだった同社の年商は2019年、3倍以上となる1億円を超えた。2000年以降に創業した秋田県内の企業で年商1億円を超えた例は僅かだ。EOの入会条件「年商1億円」を満たした村上さんは、現在、同団体メンバーとなり、新年度から運営サイドに回って起業家のサポートに携わる。

スマートではなく、泥臭い生き方でも
5つの価値観

現在、「EO North Japan」には、秋田県内では村上さんを含め3人の起業家が所属する。村上さんが「知人の紹介で、このプログラムに出会うことができなければ、今の成長はなかった」と評する同団体には、標榜する「5つの価値観」がある。

「考えることは必要だが、悩んでいていいことはない。悩むぐらいなら行動する。『アクセルべた踏み』で挑戦を続ける」(果敢な挑戦=Boldly Go!)。かつて、自動車ディーラーで整備士をしていた経験を持つ村上さんだが、当時、職業適性診断で最も不適正とされたのは「自動車整備士」。「適性のないことができるようになれば、何でもできるようになるのでは」と、本気で学び、本気で仕事をした結果、通常10年ほどかけて取得する社内資格を最短期間で取得した。「学びを通じて自分のパーソナリティーまで変わることが分かった。EOでは、さらなる真理を追求したい」(学びへの意欲=thirst for Learning)。
「自分一人が経済的に豊かになることだけを考えるのであれば、もう十分なのかもしれない。しかし、それでは雇用を増やすことはできないし、子どもたちの未来を築くこともできない」(次代を創る=Make a Mark)。メンバー間ではニックネームで呼び合うのが決まりの同団体で、村上さんのニックネームは「村長」。「年商の大小に関わらず、フラットな関係で互いに尊重し合うのがEOメンバー。親友のような関係を築くことができる。事業でも、こちらが仕事を出してやっているのだから取引先が自分より下などという考え方をするのではなく、互いに信頼と尊敬の上に立つことが大切」(信頼と尊敬=Trust and Respect)。
「人生に向き合う姿勢や態度は、常に格好良くありたい。たとえスマートに見えなかったり、泥臭い生き方に見たりしても、『クール』と感じられるようなものであればいい」(クール=Cool)。

フランチャイズ、そして、上場への挑戦
地域の幸せを創(つく)る

コーティング剤メーカーとの洗車用品の共同開発や、カーディテイリング事業のFC(フランチャイズ)化へ向けた取り組みを進める村上さん。同社の中心事業の一つに成長したEC事業で得た資金をFC事業に投資するなどし、「数年内に年商10億円を達成する。人口30万人の秋田市で成り立っている当事業。FCは国内で400店以上を目指していく」と意気込みを見せる。

特定投資家を対象にした株式市場「東証TOKYO PRO Market」への上場に向けたチャレンジも進めている。2020年1月現在、秋田県内の上場企業は4社に過ぎない。5社目を目指す同社の大きな挑戦だ。「東京プロマーケットは、地方の会社こそ目指す市場。上場後は、株主を不幸にしない会社として、さらに成長を続ける」。かつて、他社の主要株主として大きな損失を被り、「自殺まで考えたが、生命保険の免責期間で思いとどまった」という経験を持つ村上さんの決意だ。
就職に苦労する地元の美術大学生を目の当たりにし、その現実に違和感を感じていた村上さんは「リアル店舗と積極的なデジタルマーケティングを組み合わせた当社の事業は、昨今の若者のニーズに合っている。クリエーティブな業務も多い」と話す。インターンシップを希望する同大学の学生も現れ始めたことから、受け入れ準備を進めている。
「地方を元気にしていくのは、行政ではなく民間。もちろん、起業家だけで成し遂げられるものではない。『圧倒的顧客目線』に立ちながら、同じ思いを共有してくれる社員や仲間がどうしても必要。『地方の中の地方』ともいえる秋田で取り組む当社の事業モデルは、全国の地方都市でも生かしていくことができるはず。未来へ向けて、地域全体を幸せにできる事業に発展させていくことがれば」
右肩上がりに業績を伸ばしながら、いち実業家にとどまらない「志」を持ち事業に向き合う村上さん。2020年、さらなるステージへ挑戦を続ける同社から目が離せない。

© ENTREPRENEURS' ORGANIZATION NORTH JAPAN